スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
1-(1) 産業カウンセリングの源流
1)背景
1900年代の初めのアメリカでは、急速な工業化が進み、
若者達は工場労働者になり、適正や興味を考慮されなく仕事を与えられた。
その結果、一年も経たないうちに退職するものが多かった。
そして、孤独と生活苦から悪に染まるものが続出した。
こうした中、若者達を救おうとする社会運動が起こった。

2)主な運動と運動家  食パン競争を整備していくわれらの年
                (職パー、教ソー、精ビして1900年代)

職業指導運動⇒職業カウンセリングの礎。
パーソンズ(アメリカの弁護士)
1908年ボストン市民厚生館に「職業局」を設け、職業カウンセリング
 開始し、相談員をカウンセラーと呼んだ。
・1909年「職業の選択」が出版(科学的な職業選択とカウンセラーの働き)。
・科学的な職業選択→マッチング、適材適所
 ア)自分の能力、興味、個人的諸条件の理解。
 イ)その職業が必要とする資格、適正、報酬、将来性などの分析。
 ウ)自己理解職業分析や理解による合理的判断(丸い釘は丸い穴に)。

教育測定運動⇒キャリアカウンセリングの基
(学校教育分野で広がり、職業指導運動と合体して、特性因子理論へと発展)。
ソーンダイク(アメリカのコロンビア大学教授)。
・個人の能力、適正などを正しく捉えるための測定技術「心理診断法」の発展。
1914年教育測定一回大会において「全て存在するものは量的に存在する。
 量的の存在するものは測定できる」。
・著書「精神的社会的理論」。

知能検査の開発:ビネー(フランスの心理学者)。
・医師シモンの協力。
・ビネー式テスト。

知能指数(IQ)の概念:ターマン(アメリカ)。
1916年フランスのビネー式テストを、改訂、標準化し、知能指数の概念を導入。

精神衛生運動⇒メンタルヘルスカウンセリングの基。
※ビアーズ(アメリカ )。
1908年「我が魂にあうまで」(兄を脳腫瘍で無くしたことでうつ、妄想が出現し、
 自殺を図った。三度に渡る入院や転院の体験記)
1908コネチカット州精神衛生協会設立し会長になった。
(マイヤー、ジェームス、ウェルシュ、心理学や医療関係者などの協力と支援)。
1930第一回国際精神衛生会議開催⇒精神衛生運動が世界規模になった。
・初期には、患者の現状調査や改善に力を注いだが、後には、予防、健康の保持・向上を主張。
| れいこ | 01. 産業カウンセリングの発展 | 13:04 | - | - |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 13:04 | - | - |